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佐藤寛子 Hiroko Sato

Author:佐藤寛子 Hiroko Sato
ハワイ在住。パプアニューギニアの西ニューブリテン島の言語を研究中
好きなこと:自然の中にいること。探検。

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ベベリの家族

さて、2014年から始めたベベリの研究。基本的に、調査中は村でホームステイします。ということで、ベベリの家族の紹介

まずは、ギルおばあちゃん。このおばあちゃんは、私の言語の先生でもあり推定年齢は85−90歳驚くほど、しっかりしていて驚くほど記憶力がいい。2013年までは、一人で山に行って畑を耕していたとか。でも、今は、目がほとんど見えず、歯も全くなくなんだけれど、とにかく元気で前向き。言語だけでなく、人生についても学ばせてもらってます。人生の師です

そして、一家のお父さんエリアス。エリアスはとっても穏やかでとにかく家族想い(ニューギニアでは珍しい?!)エリアスは、村の大工さんで誰もが信頼しています。そう、とっても信頼できる人私が何か頼むと絶対やっておいてくれる。とっても几帳面なエリアスが好きです

エリアスの奥さんのステラもーステラのことは何をどう書いていいかわからないくらい言いたいことがある。とりあえず、まず、私の親友。生まれた国も育った環境も違うのに、価値観が同じで、考えていることが同じ。しかも、同じ時に同じことを考えているこれこそ、と行ったらとわかる。とにかく、人生、仕事、恋愛とたくさんのことを話して共有してきた親友。まーかわいそうに、ステラの子供はステラに怒られ、私に泣きついても結局同じこと言われているよね(笑)逃げ場がない。

エリアスとステラの長女エリザベス。通称リサ。リサは17歳。で、私が知っている10代の子で一番素晴らしい。なぜって、まず誰よりも早く起き、火を起こし、ご飯を炊き、その間家の周りを掃いて掃除し、ご飯食べて学校へ。帰ってきたら、家の周りを掃除し、水を汲みに。村には水がないので一度山の外に行かないといけないのに、毎日30リットル近い水を担いて山を登り村に帰って、それから妹たちの面倒を見る。いやーすごい。そして、この親にしてこの子。本当に責任感が強く、信頼できる。すんばらしい10代です。

次女ドリーン。14歳。まーいわゆる反抗期。親の言うこと全く聞かない。学校から帰ってきたら、遊んで遊んで、親に怒られたら隠れて。私がいる間に何度家出して、近所の家や親戚に家に泊まりに行っていたかでも、本当に心優しいいい子なのです。今だけね。

三女フローレンス。4歳。まー可愛い。本当に可愛いし、頭がいい。この歳にして気を使うし。養子にしたいくらいおばちゃんはメロメロです

末っ子ジェラード。通称エネブス。待望の男の子現在1歳8ヶ月。まー頭がいいこと。生後6ヶ月で、手を振ってバイバイすることを覚え、1歳前には走り出し、1歳2ヶ月にして自分のことは自分でしようとする。で、私にも指をさして、どこに座るか指図する。そうそう、朝、エネブスに挨拶すると、挨拶して、そのあと、グルーっと周りを見回して、挨拶していない姉妹に指をさして、私に挨拶するように指示する。なんとも、すでに大人です

まだまだ色々とあるけれど、まずは自己紹介ここまで。
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ホノルルマラソン

今日は、朝5時のホノルルマラソンのスタート花火でが覚めましたうちの家はスタート地点から目と鼻の先。朝からドッカンドッカン。先週は天気が悪い日が多かったし昨夜は雨が降っていたからどうなるかと思ったけれど、晴れてよかったね

そして、このスタートの合図で思い出すのが、昨年参加したマラソン。ニューギニアから帰って三週間でのマラソンで、1年で練習した回数一回練習してもしなくても痛いというのが私の考えなので。。。でも、やっぱり辛かったー痛かったーでも、楽しかった

また来年参加したいな

マラソン参加の皆様お疲れ様でした

ベベリの人たち

ご無沙汰していたブログに帰ってきました。これからちょこちょことまた書いていこうと思います。復帰第一弾!!

今日は、2014年の9月から始めた新たな研究を紹介したいと思います。

今まで研究していた、コーヴェから離れて、新たにベベリという言語を研究し始めました。ベベリも西ニューブリテン島で話されている言語なので、今でも西ニューブリテン島のキンベの町には出没していますむしろ、かなりの出没率!というのも、ベベリはキンベのすぐ近くで話されている言語で、彼らの村はキンベのすぐそばなのです。うーーん、2−3キロの距離?!?!

しかし、昔々はというと、ニューブリテン島の南に住んでいたんですよまー何年いや、何百年または1000年ほど前の話ですが。。。そこから山を越え山を越え山を越え山を越え越え越え越え越えーーーーって北に来て、そのまま北側の山の麓に住んでいたんです。が、今から50年ほど前に海の近くに移ってきました(だいぶ省略しての話ですが)。

ふーーんと思うかもしれませんが、これってすんごいんですよ。よくぞあんなに遠いところから来たって感じ。

彼らは、キンベの町近くに住んでいるということで、すでに現代社会にまみれていますが、でも山に住んでいたということは忘れずそして誇りに思っています海の民族コーヴェと山の民族ベベリは生活も文化も性格も全てが違うんですよ。その話は追い追い。

After I completed (??) my work on Kove, I have begun to work on Bebeli since 2014. It is also spoken in the West New Britain region (WNB). Yes, WNB is my hometown While Bebeli people live on the north coast of WNB, they originally came from the south coast. No impressive for you?!?! You are wrong They crossed a mountain after a mountain after a mountain after a mountain.....more than 10, 15 or more mountains, possibly 500 years ago or 1000 years ago. In addition, they used to live in a mountain until 50 years agoThey are proud of "a mountain tribe".

あっちの方から来たんだよと指差すベベリの人。
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ズームアップした山々の写真。この山を10個以上越えたさらに先から来たんです
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戦争と平和

今年は戦争に関して考える年になりました。

昨年、パプアニューギニアの奥地で知り合ったおじいさんから日本兵の話や日本兵が歌っていた歌を聞き、もっと戦争のことを知るべきではないかと考えました。

そこで、今年の秋、南海支隊戦友遺族の方からお話を伺いいました。実際に行かれた方のお話をお伺いしたいと思ったけれど、やはりご高齢で難しいみたい。。。でも、遺族の方々の思いを聞けてよかったです。なんとも偶然が、遺族会の方から紹介していただいたお孫さんでおじいさまがパプアニューギニアでお亡くなりになった方が私の実家の近くに住んでいらっしゃるさらには、そのおじいさまは、私の以前の研究地の近くで亡くなったらしいやはり、ご縁ですね。

そして、昨日は、パールハーバー追悼記念の一環としてワイキキで行われたパレードに参加。パールハーバーで生き残った元兵士たちを目のまえで見て、涙が出そうになりました。さらには、犠牲になった方の写真を1つ1つの旗につけての行進にも、涙が出る思い。申し訳ないと思いました。パールハーバーで亡くなった人たちは兵士だからという方もいらっしゃるようですが、でも、彼らも一般市民であります。

戦争で亡くなった方、そしてその家族の方の思いを考えるととても胸の痛む思いです。早く世界に平和が訪れますように。

さて、このように体験でできたのも前述したおじいさんのお陰。この、おじいさん、私があった6ヶ月後に急死されました。日本兵の話を私に伝えるかのように待っていたのかな?このおじいさんの写真を見るたびに、涙が出ます。ご冥福をお祈りいたします。

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最後に私のミーハー写真。パレードに参加している人からアメリカの国旗をなぜかもらい、振ってみる私。15368721_10157864889145634_1525953231_o.jpg

さらに、パレード前に軍の人に昔のジープに乗せてもらう私。
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